2015年8月31日月曜日

2015年8月26日水曜日

176-20150826


今年の坊主の夏休みは、彼の希望のコーヒーゼリーのためにファミリーレストランに赴くことが多い。
出費がかさむのは少しばかり頭の痛い問題ではあるけれど、あまり彼のために時間を割いてあげることが出来ていないのは実際で、そんな中でちょっとでも良い時間を共有したいと意識するとつい応えてしまう。
好物をすぐ与えたり、彼とのコミュニケーションとしては優れたものではないだろうと懸念するが、うーん。
どうしたものか。

2015年8月18日火曜日

175-20150818


同じ景色を連日見ていると、今日という日の空の美しさ、その希少さを痛感する。
カメラを持って間に合うようにと、久しぶりに8割程度の本気さで走ったような気がする。
(ちなみにそれ以上の気概で走ると高い確率で足をくじく、年を重ねるとはそういうことなのか)
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ビオゴンが修理中につき、手持ち無沙汰でノクトンの35mmF1.2(旧型)を購入してみた。
確かにずっしりと重いが、デザインは僕好みで、そして何よりやっぱり1.2という開放値は色々な可能性を提示してくれる。
何事もトレードオフの関係が成り立つと思う、何かを得ようとすれば何かが損なわれる。
ノクトンによる様々な撮影における幅の広さの可能性は、同時に機動性を損なう一因となる。
さてコンパクトで適度なバランス感のあるビオゴンが良いか、1.2のノクトンが良いか。
もちろん写りの好みも関わってくるとは思うのだけど。

2015年8月13日木曜日

174-20150813


工業高等専門学校、通称"高専"。
後輩のK氏がただいま開催中の合同写真展に来場。
本日は時間がない様子でバタバタと足早に去っていったけれど、
期間中にもう一度足を運んでくれるとのこと、嬉しい。
僕は彼に人間の優しさ、ポジティブな要素を強く感じている。
そんな彼がこうやって会いにきてくれること、自身を鼓舞できるとても嬉しい出来事だ。
時々、なんだか自分はただただ空回りしていて、つまらないことばかりが僕に降りかかり、そんな風に人生は費やされていくのかもしれないね。
なんて落ち込んでしまうときがあるけれど、そうではない。
僕が勝手にそう思って、気付いていないだけなんだ。
ありがとう。

2015年8月4日火曜日

173-20150804


フィルムで撮影した写真は何と言葉で表現すれば、一番しっくりとくるのか分からないけれども、アートフィルターが施されとても素敵な雰囲気で写る。
僕は普段の日常的な写真などを多く撮るのでディジタルの比重が高くなってしまっているけれど、もしも作品を撮るということだけに意識を置くならば、ディジタルは手元に置いておくこともないんじゃないかななんて思える。
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そんなこんなとは別に、僕みたいなプアマンはリッチに最新のM型を購入して、ノクティルックスやズミルックス、アポズミクロンだなんてそんな機材を手に入れ使用することなんてちょっと現実的に難しい。
なのでM型にこだわらず、Leica Xを視野に入れるのもいいかもしれないね、なんて考えも浮かんでくるのだけど、二の足を踏んでいる(恐らく描写も僕の好みだと思う)。
やれやれフットワークが重くなったね、若い頃は良いと思ったらすぐ動いていたのだけど。